ケータイ辞書JLogosロゴ 久々利村(近世)


岐阜県>可児市

 江戸期〜明治22年の村名。可児郡尾張藩領に属し木曽衆の給地。「慶長郷牒」「元和領知改帳」の村高1,720石余,「正保郷帳」「旧高旧領」は1,370石余。中山道御嵩【みたけ】宿の助郷村。当村の枝郷の丸山・佐渡・原見・平柴・我田・酒井と,久々利本郷をもって久々利七郷と称する。「天保郷帳」によると久々利本郷の村高775石余・丸山114石・佐渡200石・原見110石・平柴14石余・我田96石・酒井60石。寛政年間の久々利本郷の戸数100・人口450,馬8匹,原見の戸数15,酒井の戸数9・人口45,馬1匹,丸山の戸数31・人口95〜96,馬6匹,我田の戸数17・人口60,馬3匹,佐渡の戸数5・人口60。枝郷大平では瀬戸物焼が行われ,徳利・茶碗などを産した。明治3年の村鑑の戸数141・人口486。明治4年岐阜県に所属。同8年久々利七郷が合併。同22年久々利村の大字となる。明治22年以降単独で自治体久々利村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7344022
最終更新日:2009-03-01




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