ケータイ辞書JLogosロゴ 黒川村(近世)


岐阜県>白川町

 江戸期〜明治22年の村名。美濃国加茂郡のうち。苗木藩領。村高は「慶長郷牒」631石余,「正保郷帳」626石,「天保郷帳」986石余。上黒川・中黒川・下黒川の3区域に分けられ,組頭も5人がみられる。明治5年村明細帳も3村から提出され村方三役もそれぞれ別人である。各村明細帳によると上黒川村は村高291石余,家数125・人数617,職人29(大工13・木挽6・塗師1・桶工1・畳師4・表具師1・商3)・酒造稼ぎ1・鍛冶1・馬62,農間に男は山稼ぎ,女は木綿のべ。溜池17か所・郷蔵1か所。神社は佐久良多・若幡神社。中黒川村は村高422石余,家数189・人数1,039,職人45(大工12・木挽14・桶工1・畳師4・塗師1・商12・石工1)・医師2・酒造稼ぎ2・鍛冶2・紺屋2・鋳物師1,馬111匹。農間に男は山稼ぎ,女は木綿のべ。郷蔵1か所。神社は佐久田・神明神社。下黒川村は村高229石余,家数137・人数719,職人29(大工14・桶工1・木挽14)・医師1・鍛冶1・紺屋1,馬88匹。農間は男女とも山稼ぎ。郷蔵1か所,神社は白幡神社。寺には黒川村一円を檀家とした曹洞宗向陽山正法寺があったが,排仏毀釈の災厄を受けて広大な寺境も消滅。明治4年岐阜県に所属。「町村略誌」によると戸数473・人口2,493。産物は米・麦・茶・繭・養魚・銅鉱3,690貫・銀3.5貫など。同15年黒川郵便局開局。同22年市制町村制施行により単独で自治体を形成。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7344135
最終更新日:2009-03-01




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