ケータイ辞書JLogosロゴ 五町村(近世)


岐阜県>海津町

 江戸期〜明治8年の村名。美濃国石津郡のうち。枝村に見淵【みぶち】がある(濃陽志略)。はじめ高須藩徳永氏領,のち寛永5年幕府領,元和5年からは尾張藩領。村高は「慶長郷牒」で15石余,「元和領知改帳」で14石余,以降幕末まで変わらず。慶安元年当村より30人,隣村柳湊【やなぎみなと】村より20人の人夫によって開墾された見取新田高24石余がある(濃陽志略)。慶安4年の人数64・馬4(尾州領村々覚帳)。鎮守は八幡社。明治元年より助郷で中山道関ケ原宿に出役。名古屋へ8里,高須へ30町の道程。同4年岐阜県石津郡に所属。同5年の村明細帳では村高のうち本田高4石余・新田高26石余。戸数33・人数188。水場貧村のため,水損不作の年は取鳥をし鳥運上銀27匁余を上納。同8年海津郡稲山【いなやま】村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7344282
最終更新日:2009-03-01




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