ケータイ辞書JLogosロゴ 下印食村(近世)


岐阜県>岐南町

 江戸期〜明治30年の村名。美濃国羽栗【はぐり】郡のうち。はじめ加納藩領,以後宝暦5年幕府領,さらに享和3年磐城平藩領となる。村高は「慶長郷牒」「正保郷帳」1,200石余,「天保郷帳」「旧高旧領」1,336石余。家数・人口は正徳元年197戸・847人(指出諸色様子書上帳),万延2年208戸うち高持百姓112・無高百姓96(宗門人別改帳),明治2年203戸・834人(村明細帳)。元禄7年より中山道加納宿の助郷を勤めた。寺社に,河野九門徒の流れをくむ浄土真宗西本願寺派専光寺,八剣大明神・諏訪大明神・社宮神・伊豆権現・神明宮がある。明治4年岐阜県に所属。同8年の「美濃国民俗誌稿」によれば,男は農事を務め,女は結城・桟留を織っていたとある。同24年の濃尾地震では全戸数250のうち全壊231・半壊19(震災誌附1)。同30年羽島郡八剣【やつるぎ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7344609
最終更新日:2009-03-01




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