ケータイ辞書JLogosロゴ 下洞村(近世)


岐阜県>和良村

 江戸期〜明治27年の村名。美濃国郡上【ぐじよう】郡のうち。はじめ郡上藩領,のち正保3年に遠藤常友が弟金兵衛に分知したため旗本乙原遠藤氏の知行地となる。村高は「正保郷帳」「旧高旧領」共に235石余,「天保郷帳」274石余。明治2年の村明細帳によると戸数45・人口279,酒屋1軒,紺屋1軒,馬16匹。鎮守は白山社,寺院は覚証寺。明治4年岐阜県に所属。「町村略誌」では戸数50・人口329。産物は大麦・小麦・栗・黍・稗・大豆・蜀黍・里芋・茶・麻・繭・生糸・楮皮・蔬菜等。小学校は明治6年に下沢義校が開校。明治24年の戸数59・人口362(震災誌附1)。同27年和良村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7344719
最終更新日:2009-03-01




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