ケータイ辞書JLogosロゴ 十九条村(近世)


岐阜県>穂積町

 江戸期〜明治30年の村名。本巣郡のうち。江戸期を通じて幕府領。村高は「慶長郷牒」494石余,「元和領知改帳」660石余,「天保郷帳」では660石余。「旧高旧領」によれば幕府領大垣藩預り地494石余・奥山主税知行所82石余・三淵縫殿介知行所82石余。寛永20年の十九条村書上明細帳によると家数62軒・人数278人,寺は興禅寺,神社は牛頭天王があった。以後,天保9年村明細書上帳では村高494石余,家数62・人数278,寺は興禅寺,神社は牛頭天宮社・白髭大明神社・諏訪大明神社。助郷は中山道美江寺【みえじ】宿へ人夫1人・馬1匹を出役。明治2年十九条村明細書上帳では高660石余,家数18・人数101,往還掃除美江寺宿東32間3尺,寺社に念瑞寺・十九条神社・白髭神社・諏訪神社と見える。また,明治元年の村明細帳によれば村内の三淵縫殿介知行所分は家数4・人数20,奥山主税知行分は家数14・人数77で,念瑞寺のほか牛頭天王・白髭・諏訪の1寺3社は三淵氏知行分にあった。明治4年岐阜県に所属。同24年の濃尾地震では74戸のうち73戸が全壊。同30年牛牧【うしき】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7344746
最終更新日:2009-03-01




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