ケータイ辞書JLogosロゴ 杉原村(近世)


岐阜県>宮川村

 江戸期〜明治8年の村名。飛騨国吉城【よしき】郡小鷹狩【こたかり】郷のうち。天正14年から金森氏領,元禄5年からは幕府領。村高は「元禄検地帳」で52石余,「天保郷帳」「旧高旧領」では73石余。「後風土記」によれば家数22・人数160余,産物は米18石・稗85石・大麦35石・小麦3石・大豆10石・菜種15石・楮350貫目・繭170貫目・真綿3杷・生糸20杷・布35疋・山鳥5羽・雉子3羽・小禽10羽・年魚1万尾・鮭3尾・鰻3貫目・ヤマベ300尾・ハヤ200尾・鱒。産土神は春日社。寺院に高山素玄寺末禅宗洞下久雲山玄昌寺がある。村より東方の巣納谷【すのだに】村へは宮川の籠の渡しを経て6町,南方は桑ケ谷【くわがたに】村へ8町,北方小豆沢【あずきざわ】村へは半里,高山へは11里半余。当村の宮川の流れは往古,両岸狭く,かつ瀑布となっており,毎年4〜5月には鱒の滝昇りが見られた。村民はこれを一之瀬仰天網という漁法で捕獲,その数は1日100尾に達することもあり,高山・古川などに売り出された。この鱒は杉原鱒の名で飛騨はもとより越中にも知られていたが,安政5年の地震で瀑布は崩壊,以後一之瀬仰天網は行われなくなり,杉原鱒の名のみ残ったという。明治8年坂下【さかしも】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7344876
最終更新日:2009-03-01




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