ケータイ辞書JLogosロゴ 瀬古村(近世)


岐阜県>海津町

 江戸期〜明治30年の村名。美濃国海西【かいさい】郡のうち。はじめ高須藩徳永氏領,寛永5年からは幕府領。村高は「慶長郷牒」227石余,「正保郷帳」では255石余(うち田方59石余・畑方147石余・無地高47石余)。文化7年の村明細帳によると村高255石余のうち74石余が地不足。戸数41(うち高持31・水呑9・寺1),人口169,馬4。寺社は鎮守御霊神社と安立寺。用水は堀井戸を用い,畑では木綿・大根を栽培。天保12年の宗門改帳では,戸数39(うち高持23・水呑15・寺1)・人口153,他村からの奉公人男3・女4,他村へ奉公人男7・女7(森川家文書/海津町史)。明治元年より助郷で中山道関ケ原宿へ出役。同4年岐阜県に所属。同24年の濃尾地震の被害戸数は全壊10・半壊32(震災誌附1)。同30年海津郡吉里【よしさと】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7344945
最終更新日:2009-03-01




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