ケータイ辞書JLogosロゴ 只越村(近世)


岐阜県>穂積町

 江戸期〜明治30年の村名。本巣郡のうち。関ケ原の戦後加納領となり,その後江戸期を通じて幕府領で,のち大垣藩預り地。村高は「慶長郷牒」「元和領知改帳」で809石余,吉村忠兵衛の検地当時の村高は836石余(県史),「天保郷帳」「旧高旧領」では847石余。延宝3年の農家戸数122・人数493。中山道河渡【ごうど】宿へ助郷として,人夫1人・馬1匹が常時出役した(穂積町史)。鎮守は八幡神社,寺は善照寺・西蓮寺・福応寺の3か寺があった。明治4年岐阜県に所属。同24年の濃尾地震では106戸すべてが被害を受け,総人口476人のうち37人の死傷者を出した(震災誌附1)。同30年本田【ほんでん】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7345186
最終更新日:2009-03-01




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