ケータイ辞書JLogosロゴ 成田郷(中世)


岐阜県>海津町

 鎌倉期から見える郷名。美濃国郡戸【こおるど】荘のうち。文応元年8月27日付の中原親員譲状に「みのゝくにこうとのうちなるたの かう」とあるのが初見で,娘の名越女房に譲与され,翌弘長元年9月3日付の鎌倉将軍家政所下文により「預所・地頭両職」を沙汰されている。次いでその嫡子月米丸・藤原重親・水谷(藤原)親貞と子孫に相伝され,親貞は康永4年5月27日付の足利直義袖判下文により「美濃国郡戸庄内成田郷除荒野五分二地頭職」を安堵された以後の帰趨は不明(池田文書)。織豊期に入り,年未詳6月6日付の柴田勝家書状に「なるたの郷」と見え,当郷の年貢半分を田中真吉方に納所するよう命じている(同上)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7345786
最終更新日:2009-03-01




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