ケータイ辞書JLogosロゴ 成戸村(近世)


岐阜県>海津町

 江戸期〜明治30年の村名。美濃国海西【かいさい】郡のうち。はじめ高須藩徳永氏領,寛永5年からは幕府領。村高は「慶長郷牒」805石余,「正保郷帳」では850石余(うち田方180石余・畑方444石余・水損などによる無地高が225石余),川年貢3分を上納。「天保郷帳」で575石余。文化7年の戸数103(うち本百姓75・水呑22・寺6)・人口450(医師1)。渡船1・馬11・小船13で鳥取役133文余を上納。社寺に鎮守御霊神社・報土寺・了雲寺・常光院・臨光院・貞禅院・泰竜寺があり,除地7石を有す報土寺は,建保5年創建で尾州六坊の1つ。慶応4年の戸数117・人口468・馬2。明治元年より助郷で中山道関ケ原宿へ出役。同4年岐阜県に所属。同24年濃尾地震の被害は全壊45戸・半壊72戸(震災誌附1)。同30年海津郡吉里【よしさと】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7345789
最終更新日:2009-03-01




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