ケータイ辞書JLogosロゴ 西結村(近世)


岐阜県>安八町

 江戸期〜明治30年の村名。美濃国安八【あんぱち】郡のうち。慶長7年旗本六之井加藤平内知行地,寛永11年からは幕府領となるが,延享3年以降大垣藩預所となる。村高は「慶長郷牒」1,444石余,「正保郷帳」1,429石余(うち田451石余・畑977石余),「天保郷帳」「旧高旧領」はそれぞれ1,483石余。天保9年の戸数305・人口1,354。当村北部を美濃路が通り,天保8年以降は美濃路墨俣【すのまた】宿の助郷村。街道沿いの一部に家が建ち並び町屋【まちや】と称した。町屋から揖斐川には沢渡【さわたり】と称する渡しがあり,朝鮮使節通行時には船橋が架けられた。他に字領家にも渡しがあった。当村は墨俣輪中内にあり,堤内地は低湿な水田が多く,堀田をつくってしのいだ。明治4年岐阜県に所属。同24年の濃尾地震被害は,人数1,834のうち死傷者61,戸数382のうち全壊377・半壊5(震災誌附1)。同30年結村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7345901
最終更新日:2009-03-01




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