ケータイ辞書JLogosロゴ 野上郷(古代)


岐阜県>関ケ原町

 平安期に見える郷名。「和名抄」美濃国不破【ふわ】郡十三郷の1つ。「日本書紀」天武天皇元年6月丁亥条に「到于野上,高市皇子自和蹔【わざみ】参迎」とあるのが初見。壬申の乱前夜,大海人皇子は野上に至り行宮を興して本拠地とした。この野上の行宮の位置については不破郡家と同一視して現垂井【たるい】町宮代に比定する説(日本歴史地理学序説)があるが,「壬申紀」に見られる和蹔(現関ケ原町関ケ原)―野上―不破郡家(現垂井町宮代)の位置関係から当地に比定するのが妥当なようである(県史)。また「和名抄」に見える野上郷は,当地を含む現関ケ原町の中心部に比定される(県史)。なお,房総地方で内乱を起こした平忠常は京都へ護送される途次の長元4年6月6日当地で病死した(左経記)。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7345968
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ