ケータイ辞書JLogosロゴ 羽崎村(近世)


岐阜県>可児市

 江戸期〜明治22年の村名。可児郡のうち。尾張藩領に属し木曽衆の給地。「慶長郷牒」「元和領知改帳」「正保郷帳」の村高1,349石余。「天保郷帳」によると羽崎村883石余・枝郷二野村466石余。「濃州徇行記」によると羽崎村は山村甚兵衛給地。二野村は原平左衛門給地。寛政年間の人口342(うち羽崎216・二野126)。明治4年村明細帳の戸数140・人口624。中山道御嵩【みたけ】宿の助郷村。羽崎の村内は上入リノ屋敷・中ノ組・次ノ組・下ノ組の4組に分かれる。村内に八幡社・八剣社・山王社・南宮社がある。無量寺は宝池院とも称し久々利【くくり】村放生寺の末寺。竜泉寺は沢雲寺といい臨済宗で京都妙心寺の末寺。明治4年岐阜県に所属。同15年羽崎村・二野村に分村。同22年平牧村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7346069
最終更新日:2009-03-01




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