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- 一日市場村(近世)とは
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一日市場村(近世) 江戸期~明治5年の村名美濃国土岐【とき】郡のうち土岐川と小里【おり】川の合流点付近に位置し,古くから市が立ったことに起こる地名という中世美濃源氏土岐氏の初期の拠点,神戸城・一日市場館はいずれも当地内に比定されているはじめ神篦【こうの】村の枝郷であったが,寛文初年に分村独立村高252石余,うち202石は岩村藩領,残る50石余は尾張藩付属の木曽衆山村・千村両宗家折半知行地で,慶長6年まで木曽衆分は神篦村のうちとされていた助郷は中山道大湫【おおくて】宿に出役嘉永4年の戸数・人数は岩村藩領分93戸・300人,木曽衆分12戸・56人鎮守は八幡神社・若宮八幡神社の2社寺は臨済宗妙心寺派正源寺村内を下街道が通り,街道沿いに町並みをなしていた宝暦4年失火によって12戸焼失明治4年岐阜県に所属同5年神篦村の大字となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」