ケータイ辞書JLogosロゴ 森下村(近世)


岐阜県>海津町

 江戸期〜明治30年の村名。美濃国海西【かいさい】郡のうち。はじめ高須藩徳永氏領,寛永5年から幕府領。寛文4年一時上野館林藩領となり,その後再び幕府領信楽役所支配地となる。村高は「慶長郷牒」46石余,「正保郷帳」52石余(うち田方46石余・畑方6石余)。「天保郷帳」92石余。寛政2年の戸数22(うち高持11・水呑11),人数94・馬1頭。慶応4年の村明細帳では戸数17・人数85。寺社には神明社・御鍬社・金比羅大権現がある。鳥取運上133文余を上納。農間期に男は藻草取り,女は綿糸延をする。明治元年より助郷で中山道関ケ原宿に出役。同4年岐阜県に所属。同24年の濃尾地震の被害は,総戸数21戸のうち全壊5戸・半壊16戸(震災誌附1)。同30年海津郡大江【おおえ】村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7347103
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ