ケータイ辞書JLogosロゴ 薬師寺村(近世)


岐阜県>岐南町

 江戸期〜明治30年の村名。はじめ本郷城主稲葉内匠正成の領地,元和5年からは尾張藩領。新田が蔵入地のほかは同藩給人成瀬・阿部・河村3氏の相給知行。村高は「慶長郷牒」「正保郷帳」共に220石余,「天保郷帳」224石余,「旧高旧領」220石余。社寺に鎮守の鞍掛神社・薬師堂がある。薬師堂の本尊薬師如来は行基菩薩の彫刻と伝える。明治元年より中山道伏見【ふしみ】駅の助郷役を勤めた。明治4年岐阜県に所属。同5年の村明細帳では家数30・人数143。明治8年の「美濃国民俗誌稿」によれば,農間に女子は桟留縞・結城縞を織るとある。同24年の濃尾地震の被害は全戸数29のうち全壊26・半壊2(震災誌附1)。同30年羽島郡八剣【やつるぎ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7347132
最終更新日:2009-03-01




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