ケータイ辞書JLogosロゴ 柳津村(近代)


岐阜県>柳津町

 明治30年〜昭和31年の羽島郡の自治体名。大字を編成しなかったが,村政執行上不便なため,明治45年2月,17の行政区および区長設置規定を制定。しかし行政区が多過ぎて,大正5年4月,本郷・北塚・南塚・東塚・柳側町の5区に改正。同14年4月,笠松町に隣接する柳側町区が小学校の通学区問題に端を発し,笠松町に合併。柳側町区は当時196世帯で,村の3分の1を占めていた。同9年の世帯数586・人口3,063。同14年柳側町区の分村により,戸口とも大減少したが,その後機業の発達により,女子人口が増加。昭和26年3月,工場誘致条例を制定し,大洋紡績工場を誘致。同30年の世帯数703・人口4,386。柳津の機業は,江戸期以来盛んであったが,明治41年には就業戸数103・人口771を数えた(柳津町史)。昭和31年佐波【さば】村を合併し,町制施行。旧柳津村域は同町の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7347157
最終更新日:2009-03-01




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