ケータイ辞書JLogosロゴ 海老名村(近世)


静岡県>掛川市

江戸期〜明治8年の村名遠江【とおとうみ】国佐野【さや】郡のうち逆川中流左岸に位置するはじめ山内氏領,のち幕府領を経て掛川藩・浜松藩の相給となる村高は,文禄2年の検地では92石余(掛川市誌),「元禄高帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに114石余「掛川誌稿」によれば戸数24・人口132稲作を主とし五穀のほか野菜を栽培用水は溜池を利用農間余業に男は山稼・わら細工,女は木綿・葛布などを織った村内を東海道が通り,助郷は東海道日坂宿に出役鎮守は若宮八幡宮明治元年駿府藩領(同2年静岡藩と改称),同4年静岡県を経て同年11月浜松県に所属明治8年宮村ほか2か村と合併して八坂村となる現在掛川市大字八坂の通称地名として残る
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7347592
最終更新日:2009-03-01




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