ケータイ辞書JLogosロゴ 新井村(近世)


静岡県>伊東市

 江戸期〜明治22年の村名。賀茂郡のうち。はじめ幕府領,延宝8年頃相模国小田原藩領,天明5年石見国浜田藩領を経て,寛政7年再び幕府領となる。村高は文禄3年の検地では76石余(伊東市史),「元禄郷帳」83石余,「天保郷帳」85石余,「旧高旧領」85石余。宝永7年の戸数107・人数756。イルカ漁・ボラ漁・カツオ漁・マグロ漁・サンマ漁などが行われた。江戸初期から浜株という五十集【いさば】の魚商仲間が結成されていた。貞享3年の指出帳によれば,定納鰯役米4石4斗5升・肴役永425文・川役永35文,天保6年の割付状にはサンマ網冥加永3貫文など,イワシ網役は,「海高【うみだか】」といわれ,村高に準ずるものだけに大きな漁業権がある。江戸城修増築用の石材は新井山からも切り出され船積みされて江戸に運ばれている。神社は諏訪上下社・倹子(蛭子神社)・八幡神社・竜神社。寺院は曹洞宗弘誓【ぐぜい】寺・浄土宗本然寺・浄土真宗本願寺派宝専寺。明治元年韮山県,同4年足柄県を経て,同9年静岡県に所属。明治22年伊東村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7347625
最終更新日:2009-03-01




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