ケータイ辞書JLogosロゴ 内谷村(近世)


静岡県>岡部町

 江戸期〜明治22年の村名。志太郡のうち。幕府領,寛永10年田中藩領,文化元年からは再び幕府領。村高は,寛永改高955石余,「元禄郷帳」1,052石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,089石余。化政期の戸数226。寺社は曹洞宗光泰寺・同宗南陽寺・同宗常昌寺・同宗普慶寺・同宗多福寺・牛頭天王社・貴船神社など。村内は東部の本郷と西部の新町に分かれる。当村は東海道岡部宿の加宿で,問屋場は当村内の新町と,岡部宿本町に各1つ設置された。伝馬継立は1か月のうち上18日は本町,下12日は新町で勤めたので4分6分役とも称された。産物は雑穀・野菜・杉・松・楠・竹・柿・梅・栗・楮・茶・蜜柑・雑木・薯蕷・諸蕈・鮎・鮒・沢鰕・亀・蚕・桑(駿河記)。光泰寺にある聖徳太子立像は寛政12年岡部宿に滞在した木喰五行上人の作といわれる。宿の出入り口である桝形の西には五智如来石仏像がある。明治元年駿府藩領(同2年静岡藩と改称),同4年静岡県に所属。明治6年当村に明倫舎開校。同19年岡部内谷尋常小学校となる。宿駅の廃止後は茶・ミカンの栽培と養蚕が発達した。明治22年岡部町の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7348210
最終更新日:2009-03-01




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