ケータイ辞書JLogosロゴ 大池村(近世)


静岡県>掛川市

 江戸期〜明治22年の村名。佐野郡のうち。はじめ山内氏領,のち掛川藩領。寛永10年新村を分村。村高は,文禄2年の検地では1,021石余(掛川市誌),「元禄高帳」742石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに834石余。「掛川誌稿」によれば戸数133・人口583。東海道沿いの村で北西に信州街道が通る。助郷は東海道掛川宿に出役。稲作を主とし五穀のほか野菜を栽培。用水は溜池および倉真川を利用。農間余業に男は莚を織り,日雇稼に出,女は糸を紡いだ。神社は八幡宮(現池辺神社)・天王社。寺院は曹洞宗東光寺・同宗殊勝寺・法華宗宗心寺。明治元年駿府藩領(同2年静岡藩と改称),同4年静岡県,浜松県を経て同9年再び静岡県に所属。明治8年大池学校開校。明治22年一部が掛川町に編入,残余が大池村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7348395
最終更新日:2009-03-01




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