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- 大平(中世)とは
「大平(中世)」の関連ワード⇒ 赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
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大平(中世) 室町期に見える地名美濃国可児【かに】郡のうち可児市の東端,多治見・土岐【とき】両市との境に近い山中に位置する永享11年,今井宗源・藤木道藤・大垣内浄3名が御嵩【みたけ】の愚渓寺へ山を寄進したが,その山は「飯尾殿御知行中村二分方之内,在所大平,西者しやれを堺,下者円峰を堺」であった(愚渓寺文書)永禄2年3月,加藤景豊が大平で陶器の良土を発見し,織田信長の許可を得て開窯したという(大平瀬戸竈由緒)この景豊には10男1女があり,東濃各地に移り住んで開窯し,それぞれ陶祖となるが,元和元年正月,六男次左衛門・八男由右衛門・十男清太夫は土岐笠原の領主妻木貞徳の許可を得て笠原へ移住している(加藤利幸氏所蔵文書)江戸期の久々利【くくり】村枝郷大平の地か |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
大平(中世) 室町期に見える地名磐崎郡のうち永享11年3月7日の小河道弘川得分売券に「しをたのむらのうち,おうひらのちしりよりかみゑむけ候て」と見え,塩田村内の当地を小河道弘が長福寺に本直3貫500文で売り渡したことがわかる(長福寺文書/県史7)浜通り南部,現在のいわき市小川町塩田に比定される... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
大平(中世) 鎌倉期に見える地名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」