ケータイ辞書JLogosロゴ 蒲原荘(中世)


静岡県>蒲原町

 鎌倉期から見える荘園名。庵原郡のうち。文治4年6月11日の中原親能請文(吾妻鏡)に「駿河国蒲原御庄御年貢事」とあるのが初見。当荘の年貢未進について後白河院を介して荘園領主から訴えがあったので,中原親能が弁解している。当荘の下級所職は大外記中原師尚が保持していたが,師尚と親密な関係にあった中原親能が実務を執り行っていた。当荘は金剛心院領で,領家職は源雅晴が相伝していたが,承久3年4月9日の源雅晴寄進状(中村直勝博士蒐集古文書)によれば,領家職は石清水八幡宮に寄進された。この寄進は貞応元年4月29日の太政官牒(横浜市立大学図書館所蔵文書/鎌遺2954)で正式に承認されている。下って応永7年4月25日の足利義満御判御教書写(今川家古文章写/駿河の今川氏4)によれば,当荘は幕府の料所となり,遠江守護今川泰範に預け置かれている。年不詳であるが,久我家領目録(久我家文書/和歌山市史4)にも「駿河国 蒲原庄」とあるので,当荘は一時久我家領でもあったらしい。なお永正元年4月の本光寺愛染堂愛染明王造像銘札(県史料1)にも「大日本国駿州庵原郡蒲原荘内房郷於正禅庵綵色之」と見える。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7349458
最終更新日:2009-03-01




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