ケータイ辞書JLogosロゴ 子持坂村(近世)


静岡県>岡部町

 江戸期〜明治22年の村名。駿河【するが】国志太郡のうち。幕府領,寛永10年田中藩領,元禄11年旗本石川氏領となる。村高は,寛永改高184石余,「元禄郷帳」189石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに193石余。助郷は17町離れた岡部宿へ出役。化政期の戸数40。寺社は曹洞宗万松院・同宗常願寺・浅間神社・熊野神社。蜜柑をはじめとする柑橘類が名産で,他に雑穀・野菜・杉・松・楠・竹・柿・梅・栗・楮・茶・雑木・薯蕷・諸蕈・鮎・鮒・沢蝦・亀・蚕・桑があった。山麓部には鴫谷【しぎたに】家があり,新谷【しぎたに】治部少輔が頼述から移住したもの。その家譜と今川義元の判物を所有する(駿河記)。万松院はもと真言宗で享禄年間に今川氏家臣の岡部出羽守革教が心包玄契和尚に請い曹洞宗に改めたといい,朝比奈川対岸の朝日山城に拠った岡部氏の菩提寺となっている。中世藤枝より岡部に至る古道は当村を通っていた(駿河志料)。明治元年駿府藩領(同2年静岡藩と改称),同4年静岡県に所属。同15年当村の杉山力蔵は和歌山県からミカンの品種を導入した。明治22年岡部町の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7350037
最終更新日:2009-03-01




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