ケータイ辞書JLogosロゴ 白須賀(中世)


静岡県>湖西市

 鎌倉期から見える地名。遠江【とおとうみ】国敷智【ふち】郡のうち。東海道沿いの交通の要地で歌枕にもなった。文永2年成立「続古今和歌集」に九条前内大臣の「松陰の入海かけてしらすけのみなと吹こす秋のしほ風」という歌があり,「井蛙抄」ではこの歌に見える「しらすけのみなと」は「遠江国しらすかといふ所」と推定している。また,正安3年8月(一説に永仁4年)成立の「宴曲集」にも「白須賀崎に居る鷗」と謡われている。南北朝期には「園太暦」文和2年8月12日条に,「今日聞,将軍已到著遠州白須賀」とあり,上洛途中の足利尊氏が当地に到着したことが見える。室町・戦国期には,「正広日記」「言継卿記」「紹巴富士見道記」「家忠日記」などの日記・紀行文に東海道の宿場として当地が散見する。また,慶長5年には石田三成との決戦のため江戸を発した徳川家康が9月8日に当地に到着し,当地から妻木頼忠に軍功を賞する書状を遣わしている(妻木家文書/家康文書中)。比定地は,宝永4年の津波にあうまで宿場が置かれていた現在の湖西【こさい】市大字白須賀字元町の付近。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7350641
最終更新日:2009-03-01




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