ケータイ辞書JLogosロゴ 宮島村(近世)


静岡県>岡部町

 江戸期〜明治22年の村名。駿河【するが】国志太郡のうち。幕府領,享保20年より美濃【みの】国岩村藩領となる。村高は,「元禄郷帳」61石余,「天保郷帳」81石余,「旧高旧領」85石余。小里に小園【おその】がある(駿河志料)。助郷は1里21町離れた岡部宿に出役。寺社は曹洞宗清養寺・同宗芙蓉庵・山王神社・山神社。当村は山間の農村であり,産物は紙・茶・材木・椎茸などで,幕末には当村の椎茸師が紀伊国で活躍するほどであった(駿河記・岡部町史)。紙の原料は朝比奈川流域のみならず,瀬戸川上流の蔵田【くらた】からも求めていた。文政13年助郷役負担において人馬を出す代わりに金納化する揚役率は100%であった。岩村藩は当村を含む駿河国15か村の陣屋を横内村に置き,異国船が領内の駿河湾岸を漂流した場合浜固めをするよう命令した。文政9年異国船(清国船)が遠江【とおとうみ】国榛原【はいばら】郡住吉浜〜飯淵【はぶち】浜に漂着した際には当村から猟師鉄砲をもった村民が動員されている。当村南部の朝比奈川西岸の大笹原は開墾されて15,6町ほどの畑地となり,小丹原と称された。明治元年駿府藩領(同2年静岡藩と改称),同4年静岡県に所属。産物は,「明治10年分産物一覧表」によれば製茶1万3,574斤・米83石・大麦65石・蕎麦9石・糯米7石・稗4石,粟・大豆ともに2石,ほかに玉蜀黍と煙草少量,「明治10年産林産紙類等取調一覧表」では左束紙2万120帖・杉丸太2,500本・薪2,000束・杉皮2,600把・茶500斤・萱2,000束・炭1,200〆・焼椎茸2〆。同11年の紙漉営業者数67。また浦山千代蔵宅に設置された四等郵便取扱所は,同17年三等郵便局となる。明治22年朝夷【あさひな】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7353341
最終更新日:2009-03-01




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