ケータイ辞書JLogosロゴ 吉田村(近世)


静岡県>伊東市

 江戸期〜明治22年の村名。賀茂郡のうち。はじめ幕府領,天和2年相模国小田原藩領を経て寛政4年駿河国沼津藩領となる。村高は,文禄3年127石余(伊東市史),「元禄郷帳」128石余,「天保郷帳」130石余,「旧高旧領」128石余。宝永7年の戸数31・人数223,馬15。文政年間に山口半五郎(小坂村の人)が13年の歳月をかけて大池(現一碧湖)の水を当村へ引いた。宝永7年小田原領村々諸事覚控帳には領主の林,御建山【おたてやま】として吉田村では1町7反1畝(木数5万6,000本,山手役720文)とある。助郷は東海道三島宿へ出役。また東浦筋の道普請や酒匂川架橋を負わされた。神社は諏訪明神,寺院は日蓮宗光栄寺。明治元年韮山県,同4年足柄県を経て,同9年静岡県に所属。明治22年小室村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7353820
最終更新日:2009-03-01




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