ケータイ辞書JLogosロゴ 相原村(近世)


愛知県>名古屋市

 江戸期〜明治9年の村名。愛知郡のうち。慶長13年鳴海村から相原郷付近が分村して成立。相原郷は鎌倉街道沿いに開けた地で,周りを鳴海村に囲まれ,田圃は鳴海村地に入り交じる。尾張藩領。鳴海代官所支配。村高は,「寛文郷帳」「天保郷帳」ともに482石余,「旧高旧領」640石余。「寛文覚書」によれば,概高632石余,反別42町余(田36町余・畑5町余),家数30・人数213,牛馬23。「徇行記」によれば,概高のうち576石余が中条多膳ら8名の給知で,残り56石余が蔵入地。また,家数82・人数309,馬4,「小百姓ハカリニテ農業ノミヲ生産トス,戸口多キ故村中ニテ佃力足レリ」とある。寺社は天正3年創建と伝えられる浄土真宗浄蓮寺のほか,阿弥陀堂や明神・権現・山神の3社がある。明治9年鳴海村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7353970
最終更新日:2009-03-01




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