ケータイ辞書JLogosロゴ 明川村(近世)


愛知県>足助町

 江戸期〜明治22年の村名。三河国加茂郡のうち。はじめ下総栗原藩領,寛永15年幕府領,宝永2年からは吉田藩領。村高は,「寛永高附」では足川村と見え117石余,「元禄郷帳」249石余,「天保郷帳」252石余,「旧高旧領」249石余。伊那街道の宿場として栄える。吉田藩は加茂郡明川組の親村として大庄屋(加茂郡取締庄屋とも呼ぶ)を置き,当村はじめ12か村を統轄させた。慶応3年伊勢神峠に伊勢神宮遥拝所がつくられる。熊野神社があり,津島神社を合祀。祭礼には打囃子を奉納。境内に農村舞台が現存。明川大野に曹洞宗円通院があり,元亀3年原田八郎右衛門の開基と伝える。明治6年明月清風校明川分校(現明和小学校)開校。同9年明川郵便局を設置。同11年東加茂郡に所属。同22年伊勢神村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354157
最終更新日:2009-03-01




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