ケータイ辞書JLogosロゴ 泉御園(中世)


愛知県>安城市

 南北朝期〜戦国期に見える御園名。三河国碧海郡のうち。「神鳳鈔」に「参河国……泉御薗」とある。また,文明13年8月の外宮引付にも「泉御薗」があげられ,伊勢神宮領の1つ(大日料8‐13)。比定地を八名郡御薗村とする説や渥美【あつみ】郡とする説もあるが,碧海郡和泉をあてる説が有力である。天文18年4月7日付本證寺門徒連判状に「いつみ 都築又兵衛尉勝重(花押)」とある(本證寺文書/岡崎市史6)。天正16年3月の石川家成書状写では「今度上へ材木之儀,三州一向衆一立御頼被成候」と,「和泉之郷」など5か郷に申し送っており(上宮寺文書/同前),多くの一向宗門徒がいたと思われる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354450
最終更新日:2009-03-01




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