ケータイ辞書JLogosロゴ 一宮(中世)


愛知県>一宮町

 戦国期に見える地名。三河国宝飯【ほい】郡のうち。文永元年6月の権祝賀茂某訴状に「一宮領内麻宇田村」とあるが(上賀茂神社文書/早稲田大学所蔵文書上),地名としての一宮とはいえない。永禄4年6月11日の今川氏真判物に「一宮東願寺方拾壱貫六百文,但屋敷分共」とあり,この地は牧野弥次右兵衛尉給恩地30貫文のうちであったが,嵩山【すせ】の西郷氏とともに今川氏に背いたため没収し,稲垣重宗に宛行ったものである(牧野文書/岡崎市史6)。永禄6年3月24日の田島新左衛門尉宛今川氏真感状は前年における「一宮端城并地下中」への放火の軍功を賞しており,永禄5年に反今川軍事行動が一宮の城で起きている(田島文書/同前)。これが本多信俊の籠城と家康の後詰として知られる一件とも考えられるが,この件は永禄7年とする説も有力(朝野旧聞裒藁)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354529
最終更新日:2009-03-01




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