ケータイ辞書JLogosロゴ 井之島村(近世)


愛知県>一宮町

江戸期〜明治11年の村名三河国八名郡のうち豊川下流右岸に位置する往古より頻繁に起きた豊川の大洪水による地形の変化が地名になったと考えられる慶長8年幕府領,寛永9年吉田藩領,寛文3年吉田藩の分知家である旗本小笠原外記長秋知行(西川陣屋,2,000石),元禄9年からは吉田藩領(一宮町誌)村高は,「寛永高附」39石余,寛永12年検地帳17石余,「元禄郷帳」15石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに47石余寛永12年検地帳によると,田畑面積1町9反余で,豊川右岸に立地しているにもかかわらず,すべてが畑地往古より豊川の大洪水の被害を頻繁にうけ,特に慶長15年には村の北に新しい川ができ,元和8年には2軒を残して全部の家が流失した元禄4年には橋尾村の堤防が決壊したため,加茂村と当村との間に新しい川ができた村社に素盞嗚神社があり,元和8年の洪水のため社殿・古記録・宝物などを流失,元和9年社殿を再建明治11年豊津村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354680
最終更新日:2009-03-01




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