ケータイ辞書JLogosロゴ 今村(中世)


愛知県>蟹江町

 鎌倉期〜戦国期に見える村名。尾張国海東郡のうち。嘉元4年11月18日の覚蔵外十五名連署寺領寄進状に「奉寄 大円覚寺 今村福満寺々職畠地坪付事」と見え,当地内福満寺は同寺領の中島郡南条下池部里の3町5反を鎌倉円覚寺に寄進している。同寄進状は正和4年12月24日の円覚寺文書目録にも見える(円覚寺文書/神奈川県史資料編2)。また嘉暦2年成立と推定される尾張国富田荘絵図には,富田荘の西に「今村」「蟹江今村」が見え,このうち蟹江今村は富田荘内と記されており,当村が富田荘分とそれ以外に分かれていたことが知られる(同前/同前付録)。一方,正平4年8月25日後村上天皇綸旨によると,河内国観心寺に対し,同国観心寺荘領家職の代わりとして「尾張国今村地頭職」が安堵されているが,当地に比定されるか未詳(観心寺文書/大日古)。「信雄分限帳」に「今村」と見える。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354705
最終更新日:2009-03-01




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