ケータイ辞書JLogosロゴ 今村(近世)


愛知県>蟹江町

 江戸期〜明治22年の村名。海東郡のうち。尾張藩領。佐屋代官所支配。村高は,「寛文郷帳」「天保郷帳」ともに738石余,「旧高旧領」1,149石余。「寛文覚書」によれば,概高1,116石余,反別58町余(田51町余・畑7町余),家数105・人数537,馬19,平田船2艘。「徇行記」によれば,村高1,110石余のうち882石余は市村善左衛門はじめ13名の給知,ほかに元禄7年高入新田概高39石余,戸数141・人数502,民戸は蟹江川の東西両岸にあり,川東・川西分と称し,商戸が2〜3戸,灰問屋が1戸,ほかに灰の買集めを業とするものが24戸ほどあり,灰は岐阜・長良あたりへ売り,漁師は10戸ほどあった。寺社は真言宗観音寺・真宗大谷派宝蓮寺,三明神。明治22年蟹江町の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354706
最終更新日:2009-03-01




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