ケータイ辞書JLogosロゴ 伊良湖村(近世)


愛知県>渥美町

 江戸期〜明治22年の村名。渥美郡のうち。はじめ幕府領,寛永10年志摩鳥羽藩領,享保11年幕府領,安永元年遠江相良藩領,天明2年上総大多喜藩領,天明5年からは幕府領。村高は,「寛永高附」258石余,「元禄郷帳」210石余,「天保郷帳」250石余,「旧高旧領」252石余。明治初年には80戸ほどで,田37町余・畑39町余。村の生活は半農半漁。「三河国名所図絵」に「ひじき藻・わかめ等取処なり」とある。また,「参海雑志」に「人住む家ハ明神の山下にありて……里人ハ牛をやしなひて田圃に事あるも乗て往来するなり……多くハ瓦屋なり,これハ海風いとはけしけれハかくなり」とある。地引網13条があり,また網元がいて他村より若者が網引に雇われたという(伊良湖の歴史と伝説)。「三河国内神明名帳」に「正三位伊良久大明神」とある伊良湖神社(朱印地25石余)は,御衣祭・ごせんだら祭で名高い。曹洞宗円通院は,芝山大納言と交流のあった漁師歌人糟谷磯丸の菩提寺。同宗渓泉院は,明治35年円通院に合併。安政・文久年間に開かれた寺子屋4。明治22年伊良湖村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354752
最終更新日:2009-03-01




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