ケータイ辞書JLogosロゴ 岩倉村(近世)


愛知県>岩倉市

 江戸期〜明治22年の村名。丹羽郡のうち。はじめ尾張藩領,明治元年からは尾張藩と犬山藩の相給。小牧代官所支配。成瀬隼人正給知で,一部の新田は蔵入地。村高は,「寛文郷帳」2,953石余,「天保郷帳」3,053石余,「旧高旧領」3,563石余。「寛文覚書」によれば,本田は概高3,464石余・反別253町余,ほかに新田4反余・給人自分起新田10町余があり,家数369・人数2,085,馬78。犬山街道沿いを中心に町並みを形成し,享保12年開市が認められた。5と10の日に開く六斎市だが,2月と3月,および12月20日から晦日までは毎日の市立てだった。「徇行記」や天保12年の村絵図によると,本郷は中央部の中市場町,犬山街道沿い西の上市場町,同南の下市場町に分かれ,上市場町北に西市場,同北西に鈴市場(鈴井),同北東に東市場,下市場町に大市場の各枝郷があった。下市場町南東に岩倉城跡があり,同町がかつて城下の中心だったと思われる。本郷には庄屋が3名いて10日交替で勤め,また各枝郷にも各1名ずつの庄屋がいた。上市場永代帳による天保6年の上市場・中市場・下市場の諸商人・職人は,米屋・米饅頭屋が9軒,わたや・質屋・万屋・豆腐屋・木雇屋が7軒,饅頭屋・茶屋が6軒,こん屋・おり屋・桶屋が5軒など。寺に竜潭寺・松栄寺・宝泉寺・吉祥寺・誓願寺など,神社に神明太一宮・生田神社などがある。明治6年神明太一宮神官宅を借用して小学校を開校した。同7年同社境内へ移転し,同19年尋常小学岩倉学校となる。また明治17年には八剱村と2か村連合の組合役場を村内に設置した。同22年市制町村制による岩倉村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354766
最終更新日:2009-03-01




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