ケータイ辞書JLogosロゴ 植村(近世)


愛知県>阿久比町

江戸期〜明治11年の村名尾張国知多郡のうち阿久比【あぐい】川の支流矢勝川左岸の東西に細長い地尾張藩領鳴海代官所支配慶長13年の代官領渡状には,高316石余,取145石余とある(伊奈忠次文書集成)村高は,「寛文郷帳」316石余,「天保郷帳」366石余,「旧高旧領」541石余「寛文覚書」によれば,概高464石余,反別は田23町余・畑5町余,新田高15石余,家数72・人数399,牛馬22「徇行記」によれば,全村蔵入地,戸数144・人数593,牛馬2,未新田・亥新田・辰新田・後酉新田などが享保・宝暦・天保年間に開発されたが,小百姓が多く,黒鍬稼ぎ・紺屋綿屋・瓦師で稼ぐ者が多かった神明社・権現社・山神社の3社があり,浄土宗地蔵寺では四遍念仏が月遅れ盆に行われる明治11年阿久比村の一部となる現在の阿久比町植大の一部にあたる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354865
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ