ケータイ辞書JLogosロゴ 鵜飼島村(近世)


愛知県>一宮町

 江戸期〜明治11年の村名。宝飯郡のうち。地名の由来は,かつて鵜が生息していたことから転じて鵜飼島になったという。慶長8年幕府領,寛永13年からは武蔵岡部藩(明治元年移封により半原藩と改称)領(一宮町誌)。村高は,寛永8年検地帳では372石余,「寛永高附」371石余,「元禄郷帳」395石余,享和3年免状,「天保郷帳」ともに402石余,「旧高旧領」407石余。寛永8年検地帳によると,隣村の江村と百姓居屋敷や畑地が相互に入り交じっている。豊川左岸に立地しているものの,畑作ばかりの村で,総反別32町余,名請人は4か寺を含めて67人。安永4年の村差出帳によると,家数105(水呑はなし),人数405,馬9・牛8,主な作物は大麦・小麦・粟・稗・芋・大根・大豆・小豆・木綿などで,農業の合間に男は縄莚づくり,女は木綿稼ぎをした。本坂街道嵩山【すせ】宿の助郷村。本宮山に秣場入会地所有。天神社・稲荷社・荒神社,禅宗法幢院・大亀寺・随泉寺・竜泉寺,真言宗阿弥陀院がある。明治11年江島村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354872
最終更新日:2009-03-01




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