ケータイ辞書JLogosロゴ 鵜飼町(近世)


愛知県>犬山市

江戸期の町名犬山城下町方12か町の1町西は木曽川に接し鵜飼(屋)湊があり,東は鵜飼町木戸から犬山城大手門に通ずる南は城下村方中切村町名は鵜匠の居住による地子免許の代わりに日役9人分と木戸口掃除役を勤めた(犬山里語記)鵜飼湊は文禄〜慶長年間から神戸弥左衛門が木曽川筋を下る材木を取り扱ったそのため同地付近を材木町と称した文政13年湊には常夜灯が設けられたまた寛永15年建立の大県社付近に,野呂党の一家7人が住んでいたと伝え,野呂屋敷も残り,同地付近は七軒町と呼ばれた鵜飼町は町方の中でも大町のため,享保5年から普通2人の町代が3人となったまた明和3年には成瀬入城時に,お供が宿泊する屋敷が建てられた犬山鵜飼は,城主成瀬正親の頃から御料鵜飼として始められ,故郷三河足助【あすけ】から鵜匠を招き,宝永〜正徳年間頃に最盛期を迎えたしかし,6代正典隠居後,文化6年殺生禁止令が出され,以後中止された明治32年鵜飼氏により再興され,多数の鵜を使った綱さばきは観光鵜飼として有名である
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354873
最終更新日:2009-03-01




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