ケータイ辞書JLogosロゴ 卯之山村(近世)


愛知県>阿久比町

 江戸期〜明治11年の村名。知多郡のうち。尾張藩領。鳴海代官所支配。村高は,「寛文郷帳」で兎ノ山村と見え,522石余,「天保郷帳」529石余,「旧高旧領」675石余。「寛文覚書」によれば,概高630石余,反別は田38町余・畑8町余,新田高17石余,家数63・人数417,牛馬18。「徇行記」によれば,全村蔵入地,戸数135・人数622,牛馬12,阿久比川流域の平地や丘陵の谷あいに田が開け,農業を主とするが,黒鍬稼ぎなどに出る者も多かった。白鳳3年役行者開創と伝える天台宗最勝寺,宝亀3年伝教大師の開創と伝える浄土宗弘誓院,承安3年勧請と伝える津島神社がある。明治11年阿久比村の一部となる。現在の阿久比町卯坂の一部にあたる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7354992
最終更新日:2009-03-01




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