ケータイ辞書JLogosロゴ 大木村(近世)


愛知県>一宮町

 江戸期〜明治22年の村名。宝飯郡のうち。慶長8年幕府領,寛永9年からは吉田藩領(一宮町誌)。村高は,慶長9年検地帳1,023石余,「寛永高附」1,046石余,「元禄郷帳」1,132石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,369石余。正徳2年の村差出帳によると,田畑面積117町8反余,うち田87町余・畑30町余,家数127(本百姓86・水呑37・庄屋組頭4),人数691(うち出家6・禰宜1),馬31。入会地として本野が原・黒谷山・日吉原・天王原・西山を所持。江戸初期から元禄年間にかけて近隣村々との間で山林原野の帰属をめぐりたびたび争論が起こる。曹洞宗西漸寺・大樹庵・玉宝寺があり,また氏神の牛頭天王宮とその末社8社があった。明治前期の主な畑作物は米・麦・小麦・粟・稗・黍・大豆・蕎麦・甘薯・実綿(宝飯郡誌)。明治6年大木学校創建。同14年島田六十郎氏が巴水舎という製糸場を創立(豊川市史)。同22年桑富村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355188
最終更新日:2009-03-01




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