ケータイ辞書JLogosロゴ 太田村(近世)


愛知県>旭町

 江戸期〜明治22年の村名。三河国加茂郡のうち。はじめ下総栗原藩領,寛永15年同藩は廃絶となり,その後は幕府領になったと思われるが,元禄10年旗本沼間氏知行,同14年幕府領,宝永2年からは吉田藩領。村高は,元禄11年の反別差出帳(太田区有文書)による慶長10年の検地と「寛永高附」はともに182石余,寛文5年の検地では189石余,「元禄郷帳」190石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに189石余。元禄11年の反別差出帳によると,慶長10年検地では反別18町余,うち田12町余・畑5町余,寛文5年検地では新畑高7石余・反別7反余,本田新畑合189石余,うち田129石・畑53石余,家数49,うち本役百姓43・高不持百姓6,寺1,人数259,馬12疋。また,田では晩稲を多く作り,田植えは5月10日前後,田刈は8月中旬より10月下旬,畑には大麦・小麦・粟・稗・黍・大豆・小豆・鳩麦・茄子・大角豆・大根・芋・楮・茶を作り,耕作の間に男は冬春農具をこしらえ,また薪刈り,莚ござなどを作り,女は麻布を作り,福蔵寺・荒神宮・観音堂・薬師堂・地蔵堂があると記される。村社には伊雑神社があり,境内に農村舞台が残る。寺院は曹洞宗福蔵寺と観音寺があり,観音寺には円空作の阿弥陀如来立像を安置。明治6年大観学校開設(のち太田小学校と改称,昭和7年廃止)。明治11年東加茂郡に所属。同22年介木村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355268
最終更新日:2009-03-01




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