ケータイ辞書JLogosロゴ 太田新田(近世)


愛知県>蒲郡市

江戸期〜明治10年の新田名三河国宝飯【ほい】郡のうち竹谷・拾石両村地先の三河湾岸を開拓した新田弘化3年に碧海郡川島村の木綿商太田佐兵衛が公儀に新田開発願を出して認められ着工した計画は大縄反別57町余と新田堤外に水田大縄反別14町余同4年に完成し,見分を完了して鍬下扱となり,嘉永2年に16町9反余を検地し58石余を高入した新田開発の総工費は7,052両余開発者の苗字をとって太田新田と称した吉田藩領(旧高旧領)村高は,嘉永5年の検見取高116石余,「旧高旧領」でも116石余嘉永6年の年貢目録では,年貢は金106両余と米38俵余,塩年貢59両(米826俵分),川魚運上2両余を上納安政2年鎮守を勧請同年堤防決壊で人家10軒が流失し,復旧費に2,101両がかかり,同5・7年にも破堤して復旧費705両余を費やした明治3年再開発願を提出同6年に地券を申請した際の反別は35町余で,うち居屋敷畑3畝余,塩浜7町余,ほか27町余弘化3年から明治9年までの総費用は1万3,160両余にのぼった同10年竹谷村の一部となる現在の蒲郡【がまごおり】市竹谷町のうち蒲郡競艇場付近にあたる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355283
最終更新日:2009-03-01




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