ケータイ辞書JLogosロゴ 大沼(中世)


愛知県>下山村

 戦国期に見える地名。三河国加茂郡のうち。戦国期に当地は足助【あすけ】鈴木氏の支配下にあり,足助七城の1つ大沼城があったが,元亀2年4月晦日の山県昌景書状によれば,同月「大沼」は武田方の攻撃により落城した(孕石文書/県史別巻)。なお,これを天正2年のこととする説もあるが(三河国二葉松・下山村誌など),これは誤り。大沼城主は木村氏であったが,のち大給松平乗正の次男親清が大沼城主となったという。天正4年12月21日の大給領高辻案に「大給領大沼共惣高辻」と見え,当地は大給領となっており,当地を含む大給領の総高は2,450貫107文であった(松平乗承家蔵古文書/岡崎市史6)。天正18年2月12日の知行書立には「大沼領内」2,040俵余と「大沼領」2,556俵余が見え,大沼領は大給松平家乗領1万5,649俵の約3分の1を占めている(同前)。また,天正19年正月20日の上宮寺末寺連判状写に「〈大ぬま〉祐願」と見え(上宮寺文書/岡崎市史6),のち当地の等順寺になったと思われる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355349
最終更新日:2009-03-01




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