ケータイ辞書JLogosロゴ 大藪郷(中世)


愛知県>祖父江町

鎌倉期〜戦国期に見える郷名尾張国中島郡長岡荘のうち元弘元年8月27日比丘尼発心田畠譲状に「尾張国中島郡長岡御庄河東大藪郷包次名内,庶子比丘尼発心名田畠江北庄司恒(垣)内名畠事」とあるのが初見で,養子僧時従房に譲渡された貞和4年正月22日比丘尼如民畠地寄進状によると,当郷の包次名内神名津宮後・烏江々北垣内の所領は平信綱一族により荘内北野真福寺に寄進された建武4年3月15日粟田口侍従家田畠寄進状によると,当郷内田畠のうちに「八日市庭」と見える(宝生院文書/岐阜県史史料編古代中世4)天正12年6月21日羽柴秀吉知行方目録で,秀吉は小牧・長久手の戦の際の忠節を賞し,毛利広盛に本知行分「大藪」を安堵した(毛利家文書/同前1)比定地は,岐阜県羽島市桑原町小藪,祖父江【そぶえ】町神明津辺り
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355453
最終更新日:2009-03-01




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