ケータイ辞書JLogosロゴ 荻原村(近世)


愛知県>吉良町

 江戸期〜明治22年の村名。幡豆郡のうち。元和2年からは相模甘縄藩(元禄16年上総大多喜藩と改称,小牧陣屋)と旗本榊原氏(中田陣屋)の相給。当初は大多喜藩領分784石余・榊原氏分331石余といい,「旧高旧領」では大多喜藩領分1,078石余・榊原氏分393石余とある。村高は,「寛永高附」1,115石余,「元禄郷帳」1,011石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,499石余。糟谷縫右衛門家は,江戸期を通じて大多喜藩の御用を勤めた豪商で,その先祖は東条吉良氏に仕え,永禄7年東条吉良氏没落後帰農,間もなく三河木綿ほか各種産品を取扱う商売を始め,小牧陣屋に出入りして御用商人となり藩の経済に貢献した。幕府巡見使がたびたび逗留し,江戸期の古文書多数を所蔵。住宅(母屋・長屋門・土蔵・屋敷神祠)は江戸期の商家の代表的建築として県文化財。浄土宗海蔵寺は文明2年の創建といわれ,江戸期には朱印地10石余。阿弥陀如来座像・雲版は県文化財。浄土真宗本願寺派教蓮寺は応仁2年郷士小野某が三河を巡教した蓮如に帰依して出家し明源と名乗り開山したものと伝える。浄土宗西教寺は宝暦年間の開創。浄土宗神宮寺は慶長18年糟谷縫右衛門開基。ほかに同宗観音寺・羽利神社などがある。明治5年海蔵寺の寺子屋が荻原郷学校となり,のち荻原小学校となる。同22年荻原村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355535
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ