ケータイ辞書JLogosロゴ 乙川村(近世)


愛知県>吉良町

 江戸期〜明治22年の村名。三河国幡豆【はず】郡のうち。はじめ旗本吉良氏知行,元禄16年幕府領,宝永2年からは旗本津田氏知行。村高は,「寛永高附」148石余,「元禄郷帳」201石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに506石余。姫山中腹に吉良氏の姫山陣屋が置かれ,石垣の一部が現存する。曹洞宗正法寺はもと真言宗であったが,暦応2年足利尊氏の再興,以来永禄年間に至るまで足利氏から年々祭祀料1貫文が寄せられたと伝えられ,戦国末期今川義元の資を得て再興,曹洞宗に転じたという。ほかに浄土真宗了淳寺・浄土宗養性院がある。白山神社は正法寺の鎮守として白山妙理大権現を祀ったもので,万治2年吉良若狭守義冬が社殿を再建している。明治22年市制町村制施行による乙川村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355656
最終更新日:2009-03-01




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