ケータイ辞書JLogosロゴ 小山田村(近世)


愛知県>吉良町

 江戸期〜明治22年の村名。三河国幡豆【はず】郡のうち。慶長2年6月20日付の宮部久右衛門尉宛日根野弘就知行宛行状に,尾張2か所・三河3か所の1つとして「九拾石者 同(三川)小山田村」と見える(宮部文書/一宮市史資料編6)。元和3年旗本吉良氏知行,元禄16年幕府領,宝永2年からは旗本津田・諏訪両氏の相給で,「旧高旧領」では津田氏380石余・諏訪氏173石余。村高は,「寛永高附」310石余,「元禄郷帳」379石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに553石余。青鳥山は昔から船乗りの航海目標で,これを目標に吉田港・宮崎港などへ無事帰港したという。浄土宗正竜寺は,もと真言宗であったが永和2年浄土宗に転じ,中世に当地の開拓者となったという松井氏の菩提寺。曹洞宗勝楽寺は,延元3年足利尊氏の創建と伝え,本尊地蔵菩薩は後白河法皇の作と称す。往古真言宗であったが,天正年間曹洞宗に転じた。所蔵の紙本墨書本事経巻第七は県文化財,境内のクロマツは県天然記念物。八幡社・神明社がある。明治22年市制町村制施行による小山田村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355734
最終更新日:2009-03-01




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