ケータイ辞書JLogosロゴ 御馬郷(中世)


愛知県>御津町

 戦国期に見える郷名。三河国宝飯【ほい】郡のうち。永禄5年8月6日の松平康忠宛松平元康判物写に「百貫文 御馬之郷」と見え,元康から一族の長沢松平氏に与えられた宝飯郡内21か所1,810貫文の1つである(譜牒余録/岡崎市史6)。翌6年2月29日の大恩寺鎮誉上人宛延命泰道塩浜寄進状に泰道が知行してきた「御馬ノ郷」の塩浜1枚を新寄進するとあり,延命氏は今川氏被官の土豪であろう(大恩寺文書/同前)。三河湾に面した漁村であるが,音羽川河口部にあることから港としても発達をしていたと考えられる。応安年間に細川頼有が築城したという城があり,頼顕・頼長・時氏・政信らが在城し,外戚酒部時重が守っていた文明年間に今川義忠に攻められて落城したという(御馬村誌/御津町史史料編下)。その後は牧野・今川氏の領有を経て長沢松平氏の知行となったのであろう。天正17年9月28日の上宮寺末寺連判状に「〈おんま〉順恵」とあるのは入覚寺の前身道場(上宮寺文書/岡崎市史6)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7355767
最終更新日:2009-03-01




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